東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)36号 判決
審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
1 本件考案の要旨を審決認定の如く理解すべきことについては当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない甲第四号証(引例)によれば、引例は、原告代表者の出願に係る石油燃焼装置の芯及びその製造法に関する発明であるが、引例の「発明の詳細な説明」には、「従来芯体に於て着火部分と基部とを通じて粗に硝子繊維物の経糸を配列し、着火部では硝子繊維物の緯糸を密に打ち込み、又基部では綿緯糸を密に打ち込んだものが提案されている。然るにこの組成では芯幅方向即ち芯の上下の方向に経糸を配し、芯の周回方向即ち芯の横方向に緯糸を打ち込む如くなるから、硝子繊維物の緯糸と綿繊維物の緯糸とを保有する二種の杼(ひ)を用意し、而も着火部と基部との織り上げを終えると一旦ここで織り止めを行い再び次の芯体を形成する着火部、基部を織るため、芯の一個ずつを織成しなければならず、且又織り止めの縁を一々始末しなければならない欠点がある。本発明は前記公知の燈芯の欠点を除き新構成の優秀な芯を製造せんとするものである。」との記載(特許公報第一頁左欄一七行ないし二九行目)があり、また、「特許請求の範囲」の第二番目には、「所要芯幅の着火部の幅に等しき幅にわたり、炭素質繊維より成る経糸を引そろえた経糸群と所要の基部の幅に木綿繊維糸、若しくはその類似品より成る経糸を並列して引そろえたる経糸群とより成る単位組織を炭素質繊維を対称となる如く複数群並列しこの群成の経糸群に硝子糸条の緯糸を打ち込んで長尺の帯状物を作り、この帯状物を炭素質繊維の着火部と木綿繊維の基部を得るように縦断し、更らにこの縦断したものを芯の周回長に切断してその両端を適宜に接続したることを特徴とする石油燃焼装置の芯の製造法。」との記載が認められる。一方、補正後の本件明細書(成立に争いのない甲第三号証の三)には、前記引用した如き引例の「発明の詳細な説明」における記載と同じ記載に続いて、「本考案は、この発明(引例―本判決注)を上位考案とする処の下位考案であつて芯製作における織成を改良して均質にして良好なる芯の多量生産を可能とする構成の芯を提供せんとするものである。」(明細書第二頁八行ないし第四頁二行目参照。)との記載がある。
右認定の記載及び成立に争いのない乙第三号証(実公昭三九―三〇五九四号公報)の記述によれば、従来芯素材の構成にあたつては、まず、長手方向に経糸を配列し、これに緯糸を打ち込んで帯状の長尺物を織り上げ、この織布体を芯の高さに応じた長さで切断し、緯糸の折返しで形成された左右の耳部を縫合して一個の芯として用いていたことが窺えるが、本件考案及び引例の技術は、ともに、こうした公知の石油燃焼装置用の芯の織成の欠点を改良しようとするものであり、従来、緯糸として各別の杼に保有せしめていた耐熱性繊維及び木綿繊維を経糸としてあらかじめ配列したのち、耐熱性繊維一種類の緯糸で織成する方法を採用することによつて能率よく芯素材の織布体を得ようとしたものであること、したがつて、芯二個分の幅の織布体についてみれば、少なくとも二個の芯の高さの幅に、それぞれ所要の耐熱性繊維の列(耐熱性繊維から成る経糸群)と木綿繊維の列(木綿繊維から成る経糸群)とより成る経糸を並列し、これに耐熱性繊維の緯糸を通して織り上げた織布体から、それぞれ芯の高さの幅で縦断することによつて一度に二個の芯を製造することができる点では、本件考案にかかる芯素材の織布体と引例の技術とで相違するところはないものと認められる。
よつて、本件考案のものを引例の技術と対比してみると、本件考案の織布体は、芯二個分に相当する幅とし、その中央部に硝子繊維などの耐熱性繊維から成る経糸群を配列し、その両側に木綿繊維など石油吸上良好なる経糸群を配列した上で、緯糸をもつて織成してその左右両端縁に緯糸による折返しの耳部を形成した点に特徴があるものと解される。
さらに引例の記載や図面を検討するに、引例の技術にあつても、前記引用したところの引例の特許請求の範囲2の記載や第二図から明らかなごとく、炭素繊維から成る経糸群と木綿繊維から成る経糸群とを一個の「単位組織」(芯一個分の組成)としてはいるが、経糸群の配列位置が、本件考案の織布体の如く織布体の両側(芯として用いる場合の基部にあたる部分)に木綿繊維から成る経糸群を配置するものに限定されてはいない。しかし、芯二個分に相当する芯素材の織布体における経糸群の配置としては、引例の第二図に示された構成のものと第三図において二本のX―X線で示された中央部の芯二個分に相当する織布体の示す構成しかありえないし、原告も、X―X線の切断面に耳部がないことをのぞけば、本件考案の経糸群の配列が、引例第三図に明示された後者(X―X線で切断された部分)の織布体と同一であることを認めている。したがつて、引例の第三図のうち、二本のX―X線で挟まれた芯素材の織布体をY―Y線で縦断して、それぞれ芯として用いた場合の着火部分についての効果は、本件考案の織布体からつくられた芯の着火部分と異るところがないことは明らかである。
3 ところで、原告は、本件考案の織布体は「経糸1・2・1の三者の横方向に交叉して耐熱性繊維より成る緯糸3をもつて織成編成」したものであるから、芯として用いた場合に、芯の下端縁(木綿繊維の部分)は、緯糸の折返しの耳となり、それによつてほつれることがないという効果を奏する点を強調するので、この点について検討する。
成立に争いのない乙第三号証(審決が参照例とした実公昭三九―三〇五九四号公報)によれば、該公報の第二図に示された織布体(第二図の図示からは両端縁に耳部が形成されているか否かはつきりしない。)について、考案の詳細な説明には、「例えば第二図示のように縦糸2aおよび細い横糸2bをもつて細幅帯状に織成された織布を適当長さに切断した細幅帯状片より成る芯体構成部材2を、互にその側縁部(耳部)2′上部を突合わせ、」(公報左欄下から六行ないし二行目参照。)なる記載が認められ、その記述に徴すると、経糸を配列し、これに緯糸を連続的に打ち込んで帯状織布体を織成編成するものとされたときには、特段の説明がないかぎり通常は、その両端縁に緯糸による折返し耳部が形成されるものと考えられる。
また、引例の第二の発明は、前叙の如く、従来二種類の杼を用意して着火部と基部との織り上げが終わるたびに一旦織り止めを行う非能率的な織成法をやめて、あらかじめ配列した「経糸群に硝子糸条の緯糸を打ち込んで長尺の帯状物を作り、」(引例公報第一頁左欄下から六行ないし七行目)、この芯素材の織布体を縦断して芯として使用しようとするものであるが、その狙いの一つは、一種類の緯糸を保有した杼を用いて緯糸を連続して経糸群に打ち込んで芯素材の織布体を能率よく織成編成するところにあることは明らかである。
右にみた織布体の通常の織成技術及び引例技術の目的とするところを勘案すると、引例の第一図ないし第三図に示された芯もしくは芯素材の織布体の左右両端縁には、緯糸による折返し耳部があるものと理解することができる。
なぜなら、引例における「経糸群に硝子糸条の緯糸を打ち込んで長尺の帯状物を作り」の表現と前掲乙第三号証における「縦糸2aおよび細い横糸2bをもつて細幅帯状物に織成」するという通常の織成法と理解される記載の間に、織成法自体について差異があるとは思われないし、また、引例が芯の製造能率を上げるための技術であることからして、緯糸を打ち込むたびにその端縁で緯糸を一々切断しながら織成することは到底考えられないからである。
この点について、原告は、引例の第一の発明にかかる芯は、第二の発明の芯の製造法によつて作られた芯のみであると主張するが、引例の「発明の詳細な説明」には、「第一の発明は着火部の幅に等しく引そろえたる黒鉛繊維より成る経糸群と所要の基部の幅に引そろえたる木綿繊維より成る経糸群とを横並に並列してこの並列した経糸群を硝子糸条の緯糸を以て織成して芯体を作り更らに前記緯糸を使用時芯の縦方向になる如くなしたる石油燃焼装置の芯であり」(第一頁左欄下から一六行ないし一一行目)と記載され、特許請求の範囲1にもこれに対応する記載があることからしても、引用技術として、第一の発明の芯体が、あらかじめ一個分の芯として、着火部と基部に応じた経糸群を配列し、これに硝子繊維の緯糸を打ち込んで織成した構成のものとみることもできるのであつて、必ずしも、原告主張の如く第二の発明である製造法によつて織成された長尺の織布体から所定の個所を縦断して作られたもののみに限つて理解する必要はない。
したがつて、本件考案に係る芯素材の織布体は、引例の第二図に図示された織布体の経糸群の配置を変更し、第三図の二本のX―X線で挟まれた部分に相当する織布体の如く両端に木綿繊維から成る経糸群を配したものにすぎないものというべきである。
のみならず、成立に争いのない乙第四号証(実公昭三九―五〇七五号公報)によれば、原告代表者の出願にかかるこの考案の「考案の詳細な説明」には、「時には硝子繊維の緯糸群を両縁に配し石綿繊維の緯糸群をその中間に配置して経糸に前記の耐火性の糸条を用いて一体に織布させるか、上記経緯糸を逆に用いて(これによつて裁断の方向が異る)一体に織成する構成を採用する。」(同公報右欄一九行ないし二四行目)との記載があることが認められ、この記載の如く織成された芯体にあつては、その基部(吸上部)に耳部が形成されているものと考えられる。さらにまた、引例の第二の発明(製造法)に関する第三図の織布体の説明として、「又時にはX―Xで二つ折りにして二重の厚さの芯とすることもできる。」(第一頁右欄二〇行ないし二一行目)、「なお縦断したる端縁は別の耐熱繊維糸条によつてまつわせてほつれない加工を行うを可とする。」(第一頁右欄下から一四行ないし一二行目)などの記載があるうえ、前叙の如く引例の第一図には、木綿繊維より成る経糸群2の端縁(芯として用いたとき石油吸上部となるところ)に緯糸による折返し耳のある芯の構成が示されているものと理解される。
以上のことからすれば、引例の第二図の織布体の経糸群の配列を変更し、耐熱性繊維(炭素質繊維)から成る経糸群を中央部に配し、木綿繊維から成る経糸群をその両端に配列することは、当業者がきわめて容易に実施し得ると認むべきである。
そうすると、審決が、本件考案のものは引例織布体の構成をもとに石油燃焼器具用芯素材の織布体を製織する際、耐熱性繊維と石油の吸上良好な繊維糸の配置を多少変更したものに過ぎないものと認めるとした点には、何ら誤りはなく、本件考案は引例と本出願前業界において慣用されていた周知事項から当業者がきわめて容易に通常の設計変更によつて実施し得たものとした審決の判断は正当である。
なお、成立に争いのない甲第五号証(実公昭五一―二九五六五号公報)によれば、芯体の縦糸がその上下端で連続して耳を形成していることを特徴とした石油燃焼芯に関する考案が、公告されたことが窺えるが、このことをもつて直ちに、引例及び前掲各証の記載内容を異別に理解すべきものとも認められない。
以上のとおりであるから、審決には原告主張のような違法はないから、その取消しを求める本訴請求は失当として棄却する。
〔編註その一〕 本件における登録請求の範囲および審決理由の要旨は左のとおりである。
実用新案登録請求の範囲の記載
中央部縦方向に芯の着火部となる幅の略二倍に耐熱性繊維より成るたて糸2を所要数引き揃え、このたて糸2の両側に下部芯となる石油吸上良好なる木綿、その他の類似品より成るたて糸1・1を夫々所要数引き揃えて下部芯の高さと等しき幅とし、このたて糸1・2・1の三者の横方向に交叉して耐熱性繊維より成るよこ糸3をもつて織成編成して芯素材の織布体を構成し、上記たて糸2の略中央に於て縦断して帯状片として二本の芯を採り、吸上芯の下端をほつれないよこ糸を折り返した耳とし、着火部を切り放して着火し易いほつれとし、これを所要長に裁断して平芯とするかもしくはこの平芯を筒形に巻いて両側縁を突き合せ円筒状に形成したる石油燃焼器具用芯(別紙図面(一)参照)。
(一) 本件考案の要旨は、当審で補正された明細書及び図面の記載を参照して、その実用新案登録請求の範囲の記載をみると、その記載の末尾には、「石油燃焼器具用芯」と物あるいは物品名を表わす字句によつて芯自体の構造に係る考案の如き表現で記載されているが、請求範囲全体の記載の内容は、経、緯糸を特定した織物組織及び、それをもとにした燃焼器具芯用材料に使用する織物の構成と、製織法、織りあがつた織物地から截断、縫製によつて芯体をつくる加工工程、つまり、一連の芯の製造方法を要旨としている記載であつて、それらの文言自体から解釈すると現行実用新案制度によつては、保護の対象とされていない方法の考案に属する出願とも見られ、その記載の仕方が不適当であるので、明細書及び図面全体の記載を参照して、請求範囲に記載されている構成要件中、織物の構成を物品の構造に係る考案として次のとおり要旨を認定し、他の構成要件は、前記織物の構成によつて得られた芯布地を使用して芯をつくる際の本件考案の目的、作用効果などの考案の附加的事項が請求範囲に記載されたものと認定する。
(本件考案の要旨)
中央部縦方向に芯の着火部幅の略二倍に耐熱性繊維より成る経糸2を所要数引き揃え、この経糸2の両側に下部芯となる石油吸上良好なる経糸1・1を夫々所要数引き揃えて下部芯の高さと等しき幅とし、この経糸1・2・1の三者の横方向に交叉して耐熱性繊維より成る緯糸3をもつて織成編成した石油燃焼器具用芯素材の織布体。
(本件考案の附加的事項)
経糸2の略中央に於て截断して帯状片として二本の芯を採り、吸上芯の下端をほつれない緯糸を折り返した耳とし、着火部を切り放して着火し易いほつれとし、これを所要長に截断して平芯とするかもしくはこの平芯を筒形に巻いて両側縁を突き合せ円筒状に形成した。
(二) 原審の引用に係る昭四〇―一四六六六号特許公報(甲第四号証)(以下、「引例」という。)記載の織布体と、本件考案の構成を比較すると、本件考案の構成は、引例第三図の織布体の両側から芯一個分の織成を除いたもの(第三図X~X間の織成に相当する)である(別紙図面(二)第三図参照)。
このことから、本件出願のものは、引例の織布体の構成をもとに石油燃焼器具用芯素材の織布体を製織する際、耐熱性繊維と石油の吸上良好な繊維糸の配置を多少変更したものに過ぎないものと認める。
そして、このような配置の変更は、通常の製織設計によつて、当業者がきわめて容易に実施し得ることがらである。
以上のほか、製成体から截断、縫製した芯体について、織成の両耳によつてほつれが防止できる、吸上芯下端をほつれない耳とし、着火部を切り放して着火し易いほつれとするなどの事項が附加的に記載されているが、織布製織に際して緯糸の折返しによつて生じた耳部及び切り離し部を芯体の一部に利用すること及びそれらを芯体のいかなる部分に充当するかは、本件出願前から請求人会社をはじめとし芯メーカーにおいて適宜実施して来た周知の慣用手段であり、これらを考案の要旨と結びつけたとしても、そのこと自体は、当業者が適宜実施しうる構成上の任意選択に過ぎず、その選択に格別の考案があつたものとは認めない(もし、必要であれば、原審引例はじめ、実公昭四二―八六九四号公報―乙第二号証、実公昭三九―三〇五九四号公報―乙第三号証、実公昭三六―一七一七三号公報―乙第一号証、などを参照されたい。)。
以上審究したことから判断すると、本件考案は、原審引例のものが公知であれば、それと本件出願前業界において慣用されていた周知事項から当業者がきわめて容易に通常の設計変更によつて実施し得たものと認めるので、実用新案法第三条第二項の規定によつて、実用新案登録を受けることができない。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
図面(一)
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図面(二)
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